予期せぬ妊娠に直面し、相談する相手もいないまま追い詰められた女性たちが、1人で出産してしまう「孤立出産」が後を絶たない。「誰にも知られたくない」と悩み、貧困や虐待など、さまざま困難を抱えているケースが少なくない。孤立出産は母子ともに生命の危険にさらされる可能性が高い。出産後、子どもを遺棄して警察に逮捕されてしまうケースもある。こうした状況を踏まえ、熊本市の慈恵病院は病院以外に身元を明かさずに出産できる独自の「内密出産制度」を導入。2021年12月に10代女性が初めて制度を利用して出産してから1年が過ぎ、これまでに9人が利用したが、課題も多い。生まれた子どもをどう養育していくのか、子どもたちの出自を知る権利をどう保障するのか。女性たちのSOSを受け止め、寄り添い続ける病院や支援者らを追った。
2022年7月、臨月に入った東日本の女性から慈恵病院に電話があった。「内密出産のことを知りたいです」。女性は当初「2~3日交通費を稼いでから行きます」と話していたが、病院の担当者に促されて新幹線に乗った。 陣痛が始まったのは新幹線の中。メールで連絡を取っていた蓮田真琴新生児相談室長が「途中で降りて救急車を呼びませんか」と呼びかけたが、女性は「我慢します」と応じない。女性は家族に知られることを恐れていた。 なんとか熊本駅にたどり着いた女性を、駆け付けた蓮田室長が保護。車の中で「痛い」と叫んで体をよじる女性に「もう大丈夫だからね」と声をかけ続けた。病院に到着後1時間ほどで出産。ただ、立ち会った助産師は不安だった。女性がこれまで妊婦健診を受けておらず、妊娠週数や胎児の健康状態が分からなかったためだ。